Dribbble @t_ishiyama http://dribbble.com/t_ishiyama

ちなみにbは3つです。お忘れなくw

先日日本人初DribbbleプレイヤーのNobutaka Nukuiさんとお会いしまして、自分がデザインを担当している、My365のユーザー・インターフェース。このサービスの成長過程で「たくさんの人にどういった見栄えを提供すべきか」という悩みに対して、割りと辛口なツッコミ(UI Why→soWhy)を頂き、自分がデザインするサービスへの視点がグッと引き上がりました。これらは主観的に語られがちな面もあるし、フランクに言い辛い部分もあるので貴重な機会だと思いました。

振り返えると、先輩デザイナーさんに「良い物を見ろ・引き出しを増やせ」なんてよく言われていたものです。その時の観点は紙媒体でしたけど、今Webという舞台の中でどうやってWebデザインの知見を得るのか?この答えのひとつとして、国すらも問わないDribbbleに身を置くというのがあるかもしれないです。

Dribbbleのいいところ。

Dribbbleを見ててまず良いなと思えるのが、ショット(投稿)の質。400*300pxの作品の品質がチュートリアルやポートフォリオサイトより圧倒的に高い。誰かがクオリティチェックをしているわけでもなく、この品質が自発的に浸透しているのがメディアとしてかなり魅力です。

この水準を保てている理由は、投稿権限を得るためのいつ来るかわからない招待状(ドラフト)という仕組みに尽きると思います。(1ヶ月で1人しか招待できないという話もよく聞きます)サービス自体は加速度的な成長は見込めないかもしれないが、確実にコンテンツが蓄積していく良い仕組みだと思います。

そんななか、偶然にも Takuji Ikedaさんにドラフトを頂きました。ありがとうございます。(PhotoshopJsの結果がでたら報告をお約束します!)

Dribbbleから感じた3つのこと。

いざショットというタイミングで、Dribbble用にストックしてた作品たちをみかえすわけですけどメディアの性質上、作品のなかには「質が低くて人に見せられない」という感覚が存在しています。(凄くいい意味で) この壁がどう作られてるか3つにわけます。

・プレイヤーへのあこがれ

→PathやSparrowのデザイナーがショットを上げている所を見ていると、Webデザイナーである以上、Dribbbleプレイヤーであることが一種のステータス化しつつあるかなと思います。投稿者がそれほどまでに限定的なので。

・競争意識

→国内外ユーザー問わずクールな物は1票として重い「Like」で判断されます。重いと表現したのは、同業種のデザイナーが多く存在するため、その人らの目が肥えて厳しい。そこに作品を放り込むとなると…こりゃあ軌道に乗るまで気合が入る。

・自己満足

→この品質の渦中に作品を投稿すると考えると、ジョブスの言ってた「アイコン舐めたくなる」くらいの目線が必要と思う。評価されないものは恐らく、切り口が悪い・時代遅れ・ディティール不足とかになるだろうけど、あててみて自分の傾向を分析できるのが最大の利点かも。

と..僕のショットはこれからなんですけど、他国から良いフィードバックが得られるように頑張りたいと思います。Nukuiさんにも認められなければ!笑